【キンダースペース 佐世保ワイワイ会】

 ■佐世保市制100周年事業 
海のサーカス団
3月22・23
アルカス佐世保

 演出/原田一樹
演出助手/瀬田ひろ美 白沢靖子
ワークショップ指導/古木杏子 小林元香 平野雄一郎

◆公演のあれこれ
 (今回はワイワイ会の御報告というより、キンダースペースが一年半携わってきた「海のサーカス団」の御報告になってしまいました。)

 キンダースペースに「海のサーカス団」の企画が持ち込まれたのが、平成13年の4月。8月に最初のワークショップ。応募総数は約500人。
 10月のワークショップを終えて1月、「オーディション」を行った。そこで私は我が耳を疑う原田の言葉を聞く。
「参加したい意志のある人すべてに参加してもらう」 だれも落とさない「キャスティングオーディション」だと言うのだ。
 …だってあんた! 350人近くオーディションに来てるんだよお!!!!

 製作側から、当初は募集対象外だった小学校3年生以下の児童も出演させて欲しいといってきた。ミュージカルというものにすら携わったことの無かった私には、想像が出来なかった。そんなにたくさんの人が出る舞台。一体どんなものになるのか?

 2002年は1月、4月、6月とワークショップを行った。開始された稽古に来るようになった人は200余名。

 その4月、野外で「海のサーカス団」の宣伝パフォーマンスをしなければならない…と聞き、白沢と古木が徹夜で考えた動きと歌を野外で見せた。白沢曰く「泣きそうになった」らしい。そりゃあそうだ。まだ歌も踊りも台詞も何もやったことがない200余名のメンバーに何かを表現させること…。原田も私も立ち会えなかった。でもビデオを見てびっくりした。なんとか形になっている。バク転ができたり、多少踊れる人もいる。歌のうまい人もいる。芝居ができそうな人もいる。「へえ…、白沢・古木やるじゃん。」
 
 6月、市川森一氏による台本第一稿があがってくる。

 もう一つ我が劇団員を見直す出来事があった。オーディションで、白沢は歌、古木が踊り、元香がせりふをそれぞれ担当し、原田と私は実際にそれを採点して回り、それを持ち帰りキンダーの楽屋でキャスティングをした。
 オーディションをしたとはいえ、それぞれ持ち時間1分強のものを見て、はっきり言ってわかるわけがない。だってまだ3回しか会っていない人たち。それも200人。でも製作サイドの方針でキャスティングをしてほしいと言う。
 しかし、ここで決めたキャスティングの主な人たちは、最後まできちんと役をこなし、「やっぱりこの役はこの人じゃなきゃできなかった」と思うまでになりました。
 私はその時何か違う仕事をしていて、キャスティングには口を出さなかったのですが、原田・白沢・古木・小林で行なったキャスティングの的確さに驚きました。

 7月。もうワークショップではない。「稽古」だ。
 その意識を忘れて、半年佐世保の稽古からはずれていた瀬田は大ポカをする。みんながまだ1月のオーディションワークショップの時の「素人さん」だという頭が私の中にあった。体操をしていたら原田に言われた。「もう稽古なんだから!! みんなもっと先を行ってる」言われてびっくり! そりゃそうだ。みんな野外でのステージだってこなしたのだし、地元の先生についてレッスンだってしている。取り残されていたのは私だった。

 8月 9月の稽古は厳しかった。夏の体育館は想像を絶する暑さだった。しかし「ここで集中力を養わなければ、この後はもう芝居の稽古稽古稽古だ」と思うと、おのずと厳しい肉体トレーニングになってくる。バタバタと体育館の端で倒れていく大人・子供。氷を持ってきてくれて手当てしてくれる保護者の人たち。この稽古が辛くて辞めていった人がたくさんいる。逆に言えば、この夏の厳しさの中で「海サ」はまとまったのかもしれない。

 このあたりから週に一本のペースで甲斐先生から曲が送られてくる。その度のダビングとすごい楽譜の量。ミュージカルがお金を使うのは、こういうところにもあるんだな…と妙な感心をしながらひたすらダビングとコピーを繰り返した。
 そして出来上がる曲出来上がる曲、どうしても口づさんでしまう。子供が死んでいく悲惨な歌なのに、とっても明るく楽しいメロディに乗っているから…。

 10月 初めての振り付け稽古が始まる。名倉マジックと言われる名倉先生の振り付けに驚く。またたく間に「ミュージカル」になっていった。

 11月 12月 1月…東京からのスタッフもだが、地元の先生たち・ボランティアスタッフのがんばりがすごかった。そして舞台監督が稽古に参加するあたりから、今度は大道具・小道具・衣装・その他の要素が増えていく。「芝居は出演者だけでは出来ない」ということが身にしみる。夏とは逆に、体を動かしていないと底冷えがする。見守る父兄や小さな子供たちの体調が気になった。

 そして3月…。安寿さんも含めての最終的な詰めの稽古。安寿さん、キンダーのメンバーは7日から佐世保に入り、いよいよ居続けの稽古になる。

 踊り・歌の稽古を先行させていた分、というか、踊りと歌ができないと芝居にならない…ところがあった分、芝居の出来がことごとく遅れていた。
 原田からの注意点も、ひと月前とは違う、もっと細かい、深い、するどいものに変わっていく。そのことに最初に気付いたのは渚役の尾形だった。彼女は日々変わっていった。見ていて分かる。工夫をしている。毎日少しずつ変えている。考えている。そしてそれをやってみている。私は自分が勉強させてもらってるなあ…と思った。白沢、見とこうぜ!! と思った。

 アルカス佐世保に入ってからの記憶は…
 一日中かかる「場当たり」に体力の限界でバタバタと倒れていく子供たち、本番直前しか合わせられないゲストとの稽古、遠い楽屋との一日10往復、裏方さんの仕事の把握、製作サイドとの諸々、ボランティアのお母さんたちのがんばり、地元の先生のがんばり、実行委員会のがんばり、制作者のがんばり、そして気持ちが一つになっていく東京スタッフたちの盛り上がり、何より緊張感で目が輝いていく出演者たち。

 天気が心配だった野外での宣伝隊のパフォーマンスは見事に晴れた。二転三転いろいろあったカニ楽団の口上と共に、口コミでお客が広がっていく。

開演前 宣伝隊によるパフォーマンス 


 パフォーマンスは連日大にぎわいの手拍子の嵐だったし、カニの口上には最後、おっかけファンが出来た。

 開演前 カニ楽団の口上

 
◆キンダースペース 佐世保ワイワイ会 

 キンダー佐世保ワイワイ会のメインイベント(と勝手に私が決めている)「けさくの誕生祝い」は、地元S先生お薦め、原田もここの焼酎にはまっているという、「アミューズ」で行われました。
 友の会の皆さんから、桜の花と菜の花、そしてひらまりちゃんの大作バーニングアート「おつかいけさくちゃん」を貰い、大々的にお祝してもらって、本当に嬉しい誕生祝いでした。
 本番の疲れと緊張と少しだけあったモヤモヤが、友の会の方達の顔を見たら吹き飛んでしまった。本当に「心の支え」でした。東京から来てくれた人達を見てこんなに心が和むと思わなかった。心底「友の会…有り難いなあ」と思いました。 

 記念的なゾロメ誕生日を遠い地で暖かく祝っていただいたこと、ずっと忘れません。有り難うございました。

本番前の出演者の興奮と、はるばる佐世保にやってきてくれた
七人の侍(友の会) 
【縄文人さん・旧石器人さん・哲ちゃん・K先生・ケントさん・SR Toshiちゃん・U1さん】
の方達の行動は、「KINDER版」という強い味方があるので、そこから抜粋しました。どうぞ御覧ください。

海のサーカス団 
参加者からのメッセージ

友の会からのメッセージ



おまけ

 
本番中のけさくとアーキ(テナガコブシガニ) [まだ酔っていない]  
&   
二次会打ち上げメンバー[大酔っ払い]@おかまバーにょきにょき