昨日は西川口・キンダースペースアトリエで劇団キンダースペース レパートリーシアター第47回公演「手紙」(作=サマセット・モーム、翻案・上演台本=原田一樹)

 モームの短編集の一編を戯曲化したもので、原作は1927年にロンドンで初演されている。
 朗読劇かと思ったら普通のストレートプレイだった。

 舞台はイギリス植民地マレーシアにあるゴム園。経営者のロバート・クロスビー(矢崎和哉=劇団昴)はある日、仕事で家を空けていたが、その夜、妻のレズリー(瀬田ひろ美)がロバートの友人であるジェフリー(宮西徹昌)を射殺するという事件が起こる。
 居合わせた弁護士のジョイス(森下高志)はレズリーの弁護を引き受ける。
 レズリーは、これは強姦未遂事件であり、自分の身を守るための正当防衛だったと主張する。
 収監され、裁判を待つレズリー。さまざまな傍証から裁判は簡単に結審すると思われたが、ジョイスの事務所で雇っている事務員のオン・チー・セン(杉山賢)が1通の手紙をジョイスに見せる。そこには殺人事件の様相を一変させる事実が書かれていた…。その手紙の送り主は …。

 ミステリー作品なのでこれ以上は書かないが30人も入ればいっぱいの小さなアトリエ空間でスリリングな展開の面白さ、人物描写、そして緊密な演出が相まって1時間45分は瞬く間に過ぎた。


 ジョイスはなぜジェフリーを殺したのかという謎解きが物語の主眼だが、そのひとつの要因は植民者である白人が抱く黄色人種、中国人への嫌悪と恐れがある。
 レズリーを貞淑で聡明な女として描いているのと反対に、重要な役割で登場する中国女は何を考えているかわからない不気味な存在として描いている。オン・チー・センも同じ。
 ネタばらしにはならないと思うが、レズリーの殺人の裏には自分がこの中国人と比較され敗北したという屈辱感があるに違いない。
 つまり、モームの作品の裏には黄禍論があるのではないか。
 いつか黄色人種が知と美の両方から自分たちを追い越し、駆逐するのではないかという恐怖。その裏返しに、ことさら中国人たちを不気味な存在として描く。
 支配階級の無意識の恐怖。
 そう考えればこの作品の見方も変わってくる。
 不注意に「手紙」を送ってしまったことも、英語を解さないという相手を侮った結果だろう。
 恋愛劇というより、支配階級が自らの陥穽に陥った物語という側面もあるのかもしれない。
 ともあれ、上質なミステリーを読んでいるような幸福感に包まれた舞台ではあった。


(演劇ジャーナリスト 山田勝仁)