〈演劇ジャーナリスト/山田勝仁氏〉

西川口、劇団キンダースペースアトリエで劇団キンダースペース・レパートリーシアター、林修司・宮西徹昌企画「岸田國士の夢と憂鬱 その1 ジレンマの夜」と題し、岸田國士の「麺麭(パン)屋文六の思案」「留守」「遂に『知らん』文六」の三作品連続上演。演出は原田一樹。

 客席を20くらいにして密を避け、なおかつビニールで客席と舞台を隔てての厳戒上演。

 舞台は大正時代。東京の場末の麺麭(パン)屋。文六一家。文六(林修司)には廉太(杉山賢)という息子がいるが、近ごろキリスト教に凝って聖書を読みふけっている。しかし、文六は人間が死に絶えても神は存在するのかと息子に問うも彼は答えられない。
 娘のおちか(西本亜美)は二階に住む下宿人の教師、京作(宮西徹昌)と深い仲になったらしい。しかし京作は妻帯者だ。京作をなんとか追い出そうとする文六。それを見守る妻・おせい(小林もと果)
 そんな時、丁稚の常吉(関戸滉生)が慌てて飛び込んでくる。彗星(ほうきぼし)が地球に衝突すると天文学者が発表したという。刻限は翌日の11時。
 さあ、明日で世界は終わってしまう。右往左往する人々。
 ここで換気とセット替え。
 二幕は「留守」。とある中流家庭。お八重(岡田千咲)が奉公する家。主人の留守の間に、お八重のところに隣家の女中、おしま(齋藤美那子)が訪ねてくる。二人は奥方の鏡台で髪を結ったり、せんべいをほおばったり。
 おしまは世間話のついでに、お八重とこの家の旦那が怪しい関係にあると噂になっていると言い出す。そこに噂を流したと思われる八百屋(関戸滉生)が登場。おしまが席を外した間に、勘違いした八百屋はお八重に愛の告白。
 そこへ寿司桶を持ったおしまが帰ってきて、それをほおばる三人。
 主人のいない間に女中たちが主人ごっこをするジュネの「女中たち」風の喜劇。
 そして三幕は「遂に『知らん』文六」。
 彗星騒動の最中、文六は自分が死んであの世に行き、亡者たちと一緒の夢を見る。
 しかし、彗星衝突は天文学者の間違い、大誤報だった。
 ホッと胸をなでおろし、それぞれが勝手なことを言い始める。息子は公園で拾ってきた夜の女と結婚すると言い出すし、京作は「彗星が去って一切の束縛や思い出から解放された。われわれは愛の力が、何ものよりも強いということを知った」とのうのうとおちかとの結婚を宣言する。

 それを見ている文六は「知らん、知らん」とつぶやく。

 この幕切れ。1927年(昭和2年)に書かれた作品だが、彗星一過ですべてを忘れ去り、ノー天気に喜び回る様子は、まるで、第二次大戦後の日本人が戦時中に犯した過ちをすべて忘れて、口をつぐみ「新しい国」を喧伝したことの戯画のようではないか。
 岸田國士自身、この10数年後に大政翼賛会文化部長として戦争を推進したことを思うと、なんとも皮肉な作品ともいえる。
 文六の最後の掛け声は「オイチ、ニイ、オイチ、ニイ…」という兵隊の行進だ。
 休憩・換気を何度も取りながら1時間45分。久しぶりのセリフ劇のセリフが体に浸みわたった。
 出演はほかに平野雄一郎。