二幕劇。
説明文を読むと、何か不遇な作品のようにも思われるが、実際はロンドンでの初演が726回のロングランとなり、ニューヨーク公演も実現。映画化(邦題「旅路」かなり評価は高い)もされている、テレンス・ラティガンの代表作である。私は舞台初見で、映画は未見。
 ホテルで起こる2つの事件。とはいっても、よりを戻そうとする元夫婦の話と、小心者の退役軍人が自らの不評から名誉回復する話。それぞれの話には、1年半以上のブランクがあるらしいのだが、登場人物(宿泊客やホテル従業員)の大半が同じということ以外に関連はない。
 本来は、1幕目の美人で勝気なアン(元妻)と2幕目の臆病者で内気なシビル(退役軍人に恋心を抱く)、1幕目の虚勢を張り勝気なジョン(元夫)と2幕目の卑屈で虚言を吐くポロック(退役軍人)を、それぞれ同じ女優と男優が演じるという興趣があったそうなのだが、今回の舞台では実現していない。(うまく、この主人公たちは登場場面が各幕で入違っている)これは観てみたかったな。
 とはいえ、アン役の榊原奈緒子さん、シビル役の古木杏子さんは出色の出来で、それぞれの配役で各幕を牽引しており、相手方男優の印象が薄れるくらいに痛烈な印象を残していた。まさに役者がその役そのものであるように。
 そして、ホテルの支配人ミス・クーパーを演じる瀬田ひろ美さんの、節度と哀切の入り混じった人物像もよい。宿泊客が主人公となるホテルにおいて、ジョンの婚約者として、ポロックの陰ながらの擁護者として、ほとんど他の登場人物に顧みられないのがかわいそうなほどの慎ましさがしみじみと心に残る。
 副題「あるいは孤独に向かって」、これは宿泊客全員に捧げられている。言いえて妙。
皆孤独だけれども、けして皆孤立しているわけではない。2幕終わりでしみじみとそれを見せている。ラスト、食堂でのポロックの嬉し恥ずかしの仕草、シビルのきっぱりとした母への抵抗、それらを遠目にそしてほんのり温かく見守る登場人物たちに、この舞台の創作意図が見て取れる。
【GREAT CHIBAさん 男性】


・何度か観て読んでもいるけど、やっぱりラティガンは、いい。そして原田さんの脚色・演出は、それを深く味わわせる。今回で言えば、キンダー・スペースの女優さんの層の厚さとても出ていた本公演だった。人は弱い、弱さの上にいろいろ着飾っているけれど、弱さをは隠せない。余計なものを脱ぎ捨てた人は弱くても優しい。そんな他人のお話。
【Y.T.さん 男性】


途中休憩10分間を含め2時間5分の二幕構成。あるホテルのレストランを舞台とした人間模様を描いています。一幕、二幕に明白な繋がりは感じないし、それぞれのストーリーは特別なことはなく分かりやすい。
 それなのに、いざ観劇記を書こうとすると難しい。それぞれの展開を書いても、小学生の感想文のようになるだけなのが明白だから。
 この公演を観た人の感想はどんな傾向が多いのだろうかとも考えてしまう。何処かに難解さを感じるのではないだろうか。何故、違うストーリーが一幕、二幕と独立したように演じられたのかと。その関係を考えると簡単に感想は出て来ない。
 場面/\で、可哀想とか、哀れだとか、良かったとは感じる。ところが、それぞれの孤独や共感とは何かと考えると複雑になる。
 孤独とか共感の正体は何かと考えていくと、、、実は同じモノかも知れないなと。
 誰かと感情の動きを共有出来たと感じるのは、同じものを見聞きして、同じ反応を示すのを見られた時だろう。
 ただ、自分が実際に感じているものは、決して誰かに正確に伝えられないし、伝えられたと感じても、それを検証する術はない。そういう不確かな根拠の中で、私達は暮らしているのだと暗示しているように感じる。
 孤独を感じようが、ある種の共感を感じられようと、本当のところは自分の意識の中のことしか分からない。いや、それさえも分からないことがあるのだろう。
 感想として一つだけ確実なことがある。アン・シャンクランドを演じた榊原さんは、登場した時から華のある麗しい女性であったことだ。
【石賀浩さん 男性】


・結婚披露宴より「面白い」芝居というのはあまり観たことがありません。
 
僕のような「演劇愛好家」でもない人間が時折思い出したように劇場に足を運ぶのは
 
そこに自身の「ロールモデル」となるような人物がひょっとして発見できないかと密かに期待しているからです。
 
役者が演じる登場人物でも役者自身でもともかく「お気に入りの人物」を捜しに出かけて行くのです。
 
そういう意味で云えば今回は「人物の発見」という僥倖には恵まれなかった。
 
チェーホフのような、いやプリ―ストリーのようなそんな戯曲が頭に過って??
 
こう云うのってグランドホテル方式とか群集劇って云うんだっけとか
 
それにして森下君は(―なんて、お話もしたこともございませんが)上手くなったもんだとか
 
瀬田さんはスタイルがいいなあとか
 
左隣にいるご婦人は原田さんの御身内の方かなとか
 
最前列に腰を掛けた場内係のうら若き乙女(とても感じのいい子でした) はやっぱり女優志願者なのかなあとか
 
マア、そんなことをぐだぐだ想いながら
 
最後まで、いや、終盤は、「これっていい芝居かも」
 
「キンダースペースって新劇の最後の砦かも」なんていい気分になって
  
ここ数年ご無沙汰していたショット・バーに立ち寄って
「どうしちゃったの?」とママに言われたので
 
「いい芝居をみて来たから」と告げました・・・とさ
【S.K.さん 男性】


・残る芝居を見せてもらいました。感謝、感謝。
 それぞれの登場人物が抱える孤独、陰鬱、静謐、諦念などなどが、充分に伝わってきました。ひとりひとりの人生が際立ってわかり、人物描写がとても良かった。レイルトン・ベル夫人(阿部百合子さん)の所作だけでもイギリスっぽいかんじを受けました。頭の中にのちのち残る役だと思います。
ファウラーは、退役軍人(ポロック)をホテルから追い出す相談のときの科白が、その日との過去、頭でっかちで、行動とか判断が自分からなかなかできないインテリの雰囲気がよく出ていました。過去に寄り添って生きる淋しさをしみじみと感じました。
科白では、夕焼けがきれいと言ってましたが、「バスカビル家の犬」にでも出てくる荒れ地に建つ、静かで、重い空気が流れる、灯りの暗いホテルのような気がしました。そこに集う人も人生の峠を越してしまったような、暗いトーンにぴったりの人たちのように思いました。久しぶりに本格的な芝居を見たような気持ちで、満足感いっぱいで返ってきました。出来ればこの様な芝居をまた願います。
【T.Y.さん 男性】


丹念に造形された素敵な舞台で、ラティガンの劇の魅力を、私達観客に存分に伝えて下さいました。
 私は特に二幕が良かったと思います。瀬田さんの抑制された演技が素晴らしく、劇全体に古雅な趣を与えていました。古木さんも、あの難しい役を見事に演じきったと思います。白洲さんもいい味わいを出していました。劇の輪郭がくっきりと浮かび上がったのは、演出家の冴えに拠るものと存じます。
【S.K.さん 男性】


・どこまで、テーマが理解できたかは自信がありませんが、自分なりにいろいろ考えさせられる所があり、余韻がかなりありますね。
日常的な題材?ということで、その分いろんな作る側の解釈・表現に加えて、見る側の解釈も多そうで、何回も演じられている理由も納得できました。
 舞台装置も素晴らしかったです。私は観劇回数が少ないので、その分、impactは大きいです。二幕の最後は、それまで脇役的かつ一番観衆に近いであろう医学生夫妻のテーブルに照明が当てられてフェードアウトでしたが、あれは原田氏のオリジナルの演出なのでしょうか?
一週間で終わるのはもったいないですね。
【男性】



・言葉に意味の外、含み、にじみがあって、役者がそれを感じ取り、表情を作り、言葉を返すということの繰り返しをはらはらしながら味わいました。希望がなくとも必要とされれば生きるにあたいすることも。
【男性】